敷金返還の現状
- 1.なぜトラブルが多いのか
- 2.法律はどのように規定されているか
- 修繕特約とは
- 原状回復義務とは
- 3.裁判所の考え方(判例)
- ①最高裁判所昭和43年1月25日判決
- ②名古屋地方裁判所平成2年10月19日判決
- ③伏見簡易裁判所平成9年2月25日判決
1.なぜトラブルが多いのか
バブル崩壊後、賃貸マンション・アパート等を退去する際に敷金が戻らないばかりか追加支払を請求されるケースが増えています。これは、これまで賃貸人が負担していた新規入居者を募集しやすくするための投資の費用まで、退去者から徴収しようとするところからトラブルが生じているようです。
昭和から平成にかけてのバブルの影響も考えられます。この時期高い建設費をかけ高金利の資金借入れで建設された賃貸物件は、当初の家賃より減額を余儀なくされ、礼金も取れないなど家主の収益性は悪化しております。
さらには賃借人の住居に対する要求水準の上昇もあります。できれば新築さもなければそれに準ずるリフォームが要求され、この条件を満たす物件から契約が成立しているという現状があります。本来ならこの費用は賃料に反映されるべきものなのですが、不景気による空室事情から、それもままならないのが現実です。
すると賃貸人は、入居者募集時にはリフォーム済みの住居を礼金もなく低廉に提供し、その埋め合わせを敷金の返還を拒むことで、また「原状回復」の名のもとに多額の費用を請求し、本来賃貸人が負担すべき必要経費を回収しようする状況が生まれます。
またバブル期には、税金対策・相続対策として賃貸住居の建設が提唱され、バブル期後半も建設費用の下落・低金利を背景にハウスメーカーや金融機関が不動産経営を有利な資産運用法であるとして一般市民に奨めたこのもトラブルの遠因として考えられます。つまり素人の賃貸人にとっては、経営のための再投資という理解が少なく、初期の投資金の早い回収と不動産経営による利益の追求が最大の関心事になりがちであるということです。
これらのことから、賃貸借契約書は賃貸人に有利な条項が「特約」として記載されるようになります。
しかも、その具体的内容については賃借人・賃貸人相互の共通の理解のないまま契約書に押印し、契約が成立してしまいます。また、この「特約」の内容には「原状回復」といった曖昧でいろいろな解釈の可能な条項もあり、相互が独自の解釈や思い込みで理解し、後にトラブルとなる例がきわめて多いのです。
2.法律はどのように規定しているか
敷金返還問題について、法律はどのように規定しているのでしょうか。
賃貸借のついては、民法に規定があり、条文でいう第601条~622条になります。
この民法のほかに平成4年8月1日からの契約に適用になる借地借家法、それ以前の契約に適用になる借家法という法律があります。
民法によると、賃借人には原則として次の5つの義務があります。
1.賃料を支払う義務
2.賃借物の保管義務
他人の物を借りているわけですから自分の物よりも大切に保管する義務(これを善良なる管理者の保管義務と呼びます)が求められます。
さらに、賃借物が修繕を必要とするとき、原則としてこれを賃貸人に通知する義務があります。そして、賃貸人が賃借物の修繕等の行為をすることを、賃借人は認めなければなりません。
3.賃借物の用法遵守義
住居として借りたのに店舗として使用する等、契約時に契約した使い方以外の目的に使ってはいけない、ということです。
4.賃借物返還義務
5.原状回復義務
賃借人が持ち込んだ荷物やとりつけたクーラーや棚などは取り去る義務があります。
これ以外に賃貸借契約の特約による義務違反の問題があります。
以上の義務違反があった際に、損害賠償の担保として家主に預けられているのが敷金です。
この敷金を差し入れるという契約も賃貸借契約の「特約」です。
つまり、借主が家賃を払わなかったり、家屋をひどく傷つけたり汚したりして修繕費がかかった場合に、家主はその損害を敷金でカバーすることになります。
したがって家主は、賃貸借終了(明渡し)の際に賃借人に上記の義務違反(債務不履行)があればこれを控除した残額を返還し、義務違反が無ければ全額を返還しなければなりません。敷金返還のトラブルの多くが、賃貸借契約書に書かれた特約条項をめぐるものです。
現代民法の財産関係の法律は、封建時代と違って個人の自由な意思を尊重しています。基本的には私たちの結ぶ契約を尊重する、という「契約自由の原則」があります。
これに基づいて保護されるのが、「特約」なのです。
しかしこれは、何でも「特約」を結べば法はこれを有効と認めるということではありません。
内容が曖昧なものや、あまりにも不合理なもの等、特約の内容によっては認められないこともあります。
もう一つ「信義誠実の原則」というものもあります。
これは、契約を結ぶとき、互いにどのような権利義務関係が発生するかを決めるにあたっても同様です。どのような契約か曖昧なときもこの「信義誠実の原則」に従って判断されます。したがって、契約書に「特約」として掲げていても必ずしもすべてが有効となるわけではないのです。
賃貸借契約において特に問題となる「特約」は「修繕特約」と「原状回復特約」と呼ばれるものです。
~修繕特約とは~
本来賃貸人には、賃貸中の物件について、それを使用するのに適するようにしておく義務があります(民法606条)。
たとえば、住居として使用するのであれば、雨漏りがしたり、入り口のドアやそのカギの壊れているような部屋は住居として使用するのに適するとはいえません。
しかし、人が住居して生活している部屋は常に小さな傷がついたり、襖等を破損したりしがちです。そのたびに借主の「賃借物の保管義務」違反なのか「賃貸人の修繕義務」にあたるのかを明らかにしてどちらに修繕義務があるかを決めるのは、賃貸人にとっても賃借人にとってもわずらわしいものです。
そこで、小修繕については賃借人に負担させるという「特約」が結ばれることになるのです。
一般的な契約書には、具体的に畳表の取替えや障子紙・襖の張り替え等と記載されており、費用の負担もさほどではないので、小修繕に関しては賃借人が負担することについてのトラブルはほとんどありません。しかし、それが「小修繕」とはいえず「大修繕」になる場合もあり得るような「修繕特約」について争いになることがあります。
事例で言えば、「水回りに関する修繕」等です。
水回りの修繕というのは浴槽・風呂釜の修理など時に大ががりな工事になりやすく費用もかなりかかる場合があるからです。
また、賃借人にとっては賃借中に畳表が目つぶれしても、また襖が汚れていても自分が気にしなければ張り替える必要性を感じません。長く住んでいれば自分が出た後どうせ家主は新しくして、次の人を入れるんだからと考え、積極的に取り替えようとはしません。
しかし、賃貸人は賃借人が汚したり傷つけたものについては、賃借人に修繕義務があるのだから、契約期間中はともかく、退去するときにはすべて修繕して出るべきだと考え、畳表や襖等の張替えを要求することになるのです。
~原状回復義務とは~
問題は、賃借人が汚したり傷つけたものについて、どの程度まで現状を回復するための修繕が必要かということです。
この現状回復という文言の解釈については賃貸人側に拡大解釈する傾向があり、賃借人と賃貸人の間で争いになることが多々あります。
本来民法が賃借人の義務として規定している「原状回復義務」は賃借人が賃借物件に取り付けた棚等は取り去らなければならない、というように、付けたものを取り去ることなのです。
しかし、実際の契約では「もとどおりにする」といった意味で具体的にどういうことをすることが「もとどおりにする」ことかを詰めることなく、使われているのです。
つまり、賃借人は退去のときに掃除をして、取り付けた棚を外し、壊したものは修理し、部屋を空っぽの入居する前と同じにすることだと解釈して契約します。
一方、賃貸人は「もとどおりにする」のですから、入居時と全く同じ状態にまで部屋を「もとどおりにする」ことが「原状回復」だと解釈しているのです。
この点でトラブルが多く生ずることになります。
3.裁判所の考え方
トラブルが起きて話し合いがつかないと、事件は裁判所に持ち込まれます。
裁判所の判断(判例)を具体的に見ていきましょう。
①最高裁判所昭和43年1月25日判決
「入居後の大修繕は賃借人が負担する」旨の条項は、単に賃貸人が民法606条1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったのにすぎず、賃借人が右家屋の使用中に生ずる一切の汚損、破損箇所を自己の費用で修繕し、右家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨でないと解するのが相当であるとした。
◆解説
これは、賃貸人と賃借人の間で結ばれる修繕特約の意味・効果は、賃貸借契約期間中の修繕について賃貸人の修繕特約を免除したものにすぎず、賃貸物件を賃借当初と同一の状態で維持する義務までを賃借人に課したものではない、という裁判例です。
②名古屋地方裁判所平成2年10月19日判決
この事件では通常の「修繕特約」と「現状回復」という文言でなく、「故意過失と問わず本件建物に毀損、滅失、汚損その他の損害を与えた場合は、賃貸人に対し損害賠償をしなければならない」という特約がありました。
そこで、賃貸人側は、この特約によって賃借人には修繕義務があること、及び通常の修繕によってもとの状態、機能を回復できなければそれを取り替えなければならないことを主張しました。
これに対して裁判所は、「本件修理特約は、一定範囲の小修繕についてこれを賃借人の負担において行う旨を定めるものであるところ、建物賃貸借契約における右趣旨の特約は、一般に民法606条のよる賃貸人の修繕義務を免除することを定めたものと解すべきであり、積極的に賃借人に修繕義務を課したものと解するには、更に特別の事情が存在することを要すると解すべきである。」と判断しました。
また、原状回復すべき毀損・汚損の範囲についても、「賃貸借契約の性質上、そこでいう損害には賃借物の通常の使用によって生ずる損耗、汚損は含まれないと解すべきである。」と制限的に判断しています。
③伏見簡易裁判所平成9年2月25日判決
この事件では特約として、「本契約が終了したときは直ちに住宅を現状に復して退去しなければならない」という条項がありました。
賃貸人はこの特約を根拠とし賃貸借開始時の現状に回復することを求めて、畳・クロス・クッションフロアー・襖の取替え、ハウスクリーニング代を賃借人に請求しました。
これに対し裁判所は、「賃借物件の賃貸中の日常使用や日時の経過による劣化・損耗はその賃料によって賄われるべきであって、賃料を滞りなく支払った賃借人が明渡しに際してその責めに帰すべき損傷の賠償義務とは別個に、劣化・損耗した内装を賃貸借開始前の状態に復元的補修すべき義務を負うとすることは、伝統的な賃貸借からは導かれないところである。」として、契約内容を文字通り有効とするためには賃借人に「原状回復費用という形で実質的賃料を追徴しなければならない合理性、必然性が必要であり、更に、賃借人がこの原状回復義務の具体的内容、及び、通常の賃料のほか原状回復費用という形で実質的賃料を負担しなければならないとこの合理性、必然性を認識し又は認識しうべくして義務負担の意思表示をしたことが必要である。」と判断しています。
◆解説
この伏見簡易裁判所と前の名古屋地方裁判所では、特約についての判断が少し違っています。
名古屋地方裁判所の判例は、特約にいう汚損・毀損には通常しようにより発生したものはもともと含まれないとして、特約は無効だと判断しています。
これに対し、伏見簡易裁判所は特約は通常だが、一定の条件のもとに有効であると判示しています。
つまし、実質的賃料を負担させる合理性、必然性を要求しています。
みなとみらい司法書士事務所
代表者 司法書士 佐藤鋭一
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